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2005年 02月 14日

世界一治安の良い国…だったのに

ニュース・評論
<小学校乱入>17歳少年が教職員3人殺傷 少年は口つぐむ

また起きたかという感じですなぁ。
しかし、本当に怖い世の中ですねぇ…
それでも、世界にはまだまだ怖いところがあるとは思いますが、
今の日本も十分怖いと思いますね。

動機とか事件の背景は、まだ詳しいことは出て来ていませんが…
まぁ、どうせ聞きたくもない理由なんでしょう。
彼にもかわいそうな部分はあったのかも知れんけど、
だからって殺して良い理由にはならんでしょう。

なんか、先日読んだ「韓非子(かんぴし)」と言う本(書物?)の事を思い出しました。
これは、中国の戦国時代を生きた「韓非(かんぴ)」と言う人物が書いたものです。
(「~子」というのは、「~先生」とか、あるいは「~全集」みたいなニュアンスですかね)
彼の著作を読んで感動した秦の始皇帝が「この作者に会えたなら死んでも良い」
(実際会いましたが、死にませんでしたね(ぇ?)
と言ったとか、あの有名な諸葛孔明が、主君に写本を贈ったとか、色々伝説があります。

内容と言えば、「国を治める上で最も重要なものは法術である」とか、
「功績あるものには厚い恩賞を、罪を犯したものには厳罰を」とか、
まぁ、内容は難しいですが、呼んでみると現代に通じる部分があったりして、
非常に面白かったです。
文庫化されたのとかが図書館とかにあるかもしれないので、もし興味がおありならどうぞ。
(「守株(待ちぼうけ~♪)」とか、「矛盾」とか言う言葉の出展もここらしい?)

で、何が関係あるのかというと、
「刑罰とは、罪を犯したものに対して行うのでは意味がない。善良な市民に罪を犯させない事が重要である。」
と言っているって事なんです。
これを読んで、おお、なるほどと思ったんですが。
「目には目、歯には歯」っていう、ハンムラビ法典の有名な言葉がありますが、
これは「罪に応じて刑を下す」って言う発想ですよね。
対して韓非子では、こんなエピソードが紹介されています。
(原文に忠実とはいきませんが、大意はこんな感じ)

「昔、灰を道に捨てると死刑という法があった。これは、灰を捨てた事自体が死刑に当たるのではない。
灰を道に捨てれば、通りがかりの誰かに降りかかるかもしれない。
そうなれば、殴り合いのけんかになり、どちらかが殺されるかもしれない。
つまり、誰もが守る事の出来る『灰を捨てない』ということを徹底させて、
殺人と言う犯罪を未然に防いでいたのである。」と。

また、こうも言っています。

「罪を犯したものに対して刑を行うのでは、死人を取り締まるようなもので意味がない」

つまり、罪を犯す前に抑止する事が、法律の真の存在意義だというんです。
なんか、これを読んで凄く納得してしまいました。
今の世に置き換えるなら、さしずめ

「赤信号で止まらなければいけないのは、通行者に恨みがあって止めているのではない。
誰もが守れる『赤で止まる』と言う事を守らせる事で、交通事故と言う更なる不幸を
予防しているのだ」とか言えましょうかね。

まぁ現代では、昔と違って、すぐに死刑にするって言うわけにはいかないと思いますけどね。
でも、この本を読んだ後では、我が思想がすっかり塗り替えられてしまったような。
今、死刑廃止論と言うのがありますが、そういう人たちにも読んでもらいたいかも。
(読んだ上で、主張を展開するときの参考材料にしてもらえれば)
ただ、一つ誤解してほしくない点がありますが、「韓非子」では、
「民を過酷な法律で縛って弾圧しろ」と言っているわけではないんですよ。
こういうことも書かれています。

「刑を厳しくすれば、民を苦しめるだけであると言う人がいるが、
刑を厳しくする事で、犯罪者が減り、また、起こりうる犯罪を未然に防ぐ事も出来る。
もしも刑を軽くすれば、法律を甘く見て犯罪がかえって増える事になるだろう。
はたして、どちらが結果的に民を苦しませる事になると言えるのだろうか。」と。

少年法の改正って言う問題もありますが、
「少年法で守られてるうちにやっとけ」なんていうドアホがいるって事は、
やっぱりある程度(かなり?)刑を厳しくして抑止力にするって言う、韓非の思想は、
案外今の世にも生きるんじゃないでしょうか。

PS.本は図書館に返してしまったので、細かいところで違ったりしますが、
あんまり揚げ足とらんでください(^^;
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by warubee | 2005-02-14 21:43 | 雑談


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